図工の時間

息子が11歳の時のこと、休みの日に紙粘土で犬を作っていた。
うちの家族、パグ犬の『ウメ』
一見パグとは分からないけど、普段見せるポーズや細部のボディラインを再現している。母親に制作をリクエストされたみたい。

やがて岡本太郎の彫像の模写も始めた。息子は彼の作品を多く知るわけでは無いけれど、彼の彫刻作品は好きなのだった。

この楽しそうな図工時間に私も参加することに。
昔から絵画の模写は得意だった。
そのスキルを披露して、息子に尊敬されたかった部分もあったのだと思う。
二人で作り始めた。

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模写はその作家のスキルを学ぶことが出来る。
事物のレイアウトや、そのバランスの必然性も。
長時間作品と向きあい、なぞっていくと作家の意図を理解出来たように感じられる。
この日、一緒に模写したのは『午後の日』

岡本太郎の作品の中で私が一番好きな作品です。

インターネットで検索して、彫像の左右、前、後ろの画像を集めて作りだした。
思ったよりかなり難しい。この日の私はパーツを一つ一つ正確に、立体コピーしてはつなぎ合わせていったのだけど、
なんだか工業製品を制作している感覚に陥ってしまう。
そしてパーツをつなぎ合わせてもなかなか『午後の日』には近づけない。

紙粘土と格闘していると、息子の方はもう完成したようだった。

驚いた。

私が『午後の日』のコピーを作ろうと苦労している間に、息子の方は彫刻の全体像を掴み、さらに自分の中に取り込み、消化し、自分だけの『午後の日』を作り出したのだった。
細部の作りも仕上げも雑。元の作品とはパーツのバランスが違う。でも小さな命が宿っている。

***

学生の頃、ある美術のひとコマを使って模写を行い、作品の価値にじっくり触れた。
そして違うコマには自分のオリジナル作品を作ったりする。
作家の価値観に触れる時間と、自分の制作の時間。それがが完全に別れていた。
模写の授業中に自分の解釈を入れる生徒は誰もいなかった。

息子が粘土をこねながら、解釈やら自分らしさやらを考えてたわけではなく、
自分の目で観察し、自分の頭の中にある岡本太郎を自然に作っただけだった。

いずれにしてもこの日、そこには岡本太郎と息子以外は何も無い純粋なものを見せてもらったように思う。

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